2004年1月30日
人生の中で、自分と接する全ての人に感謝の気持ちを持とう。
人類は1人1人の尊厳(存在)によって成り立っている。
一見当たり前の事の様だが、それに気付いていない人が多すぎる。
地球上には、お百姓さん、漁師、飲食店、水道屋さん、電気屋さん、車屋さん、携帯電話を造る会社
IT事業の会社、マスコミ、芸人、スポーツ選手、ソープランドのお姉ちゃん、掃除のおばさん、etc・・・
いろいろな会社と、そこで働く社員の人達のおかげでこの世は成り立っている。
どれが欠けても私は困る。
それは一個人であっても同じ。
私に親切にしてくれた人は勿論、逆に私を騙し、又は裏切られた人達にも、私は感謝している
何故ならば、私はその経験により、学習出来たからである。
2度と、同じ手口で騙されぬ様、裏切られぬ様、前もって対応策を備えられるから、又一歩成長する事になる。
よって、私はこれまでの人生で接した全ての人に感謝している。
今、いじけている人達に、云いたい事はまだまだあるが、今日はこのくらいにしておこう
今がチャンス!!
2004年2月6日
世間の人達が、保守的になっている今がチャンス!
よく、知人に「そんなに働いて、どうするの?」と、問われる事があるが
その人達には「そんなに休んで、どうするの?」と、問い掛けたい。
人生80年と考えても、29200日もある。
その内、たったの1年365日くらい仕事に没頭してもいいではないか。
僅か29200日分の365日である。
割合にすれば、長い人生の1.25%の刻にすぎない。
たったの1年、努力を持続出来ない者に、人生をENJOYする事は出来ない。
今の現状で満足している人、今までと変わらぬ人生で構わない方は
こんな事を考える必要は無い。 「啼かぬならそれもまたよしホトトギス」
しかし“何の為に、この世に人間として、生まれてきたのか”を考えると、私はこの様に思う。
“男は仕事”男は仕事によって自己を磨き、人間力を高める事が出来る。
“仕事は人生そのもの”仕事により人生を楽しみ、家族を幸せにする事が出来る。
つまり、自分の幸せである。
毎日をぼんやり過ごしている人達、今一度、子供の頃の夢を思い出して、
たったの365日間、頑張ってみて下さい。
きっと、自分の願いが叶うはずです。
預金残高20万から年商○億
2005年4月15日 社員Aが社長より聞いた話
ホンの2年半前の事、某不動産会社に勤務していて、そこでは完全歩合給だった為
成績が上がればそれなりの給与、契約0なら給与も0の会社に勤めていたそうです。
歩合給はそこそこ稼いでいたが、彼の場合、自分の預金は100万を超える分については
全て田舎の親に仕送りをしていたそうです。
そんなある日、2ヶ月間契約が取れなくて預金残高が20万になってしまった
今更、親にお金を返せと言えなく、とらばーゆを考えたが
結局はそれも同じ事の繰り返しになる事だと思い、どうせならと独立開業を決意したそうです。
そこで必要なのが資金源、20万の資金では独立できないし
取りあえず1年間死にものぐるいで働いて、500万から1000万稼ごうと思ったらしい
その事を自分のビジネス手帳に目標設定として掲げたそうだ。
それからとりあえず死にものぐるいで他の社員の5倍以上の努力をしたそうだ
すると、面白いことにそんな単純な考えで成績も見る見る伸びて目標通り1年後には
独立開業出来る勢いだったそうだ。
その後、これがまた不思議で手帳に目標設定を掲げたその2ヶ月後、ひょんな事から
金融機関より住宅ローン並の低い金利で550万円を借りられるチャンスが訪れた・・・つづく
預金残高20万から年商○億その2
2005年4月23日
思わぬ事から、銀行様より住宅ローン並の低い金利で融資してもらった
その550万を会社の設立資金と運転資金にまわし
有限会社不動産情報館を設立したそうだ
元々、先にお伝えした手帳に人生目標を掲げた目標の日取りより
(目標は1年以内にということであった)が6ヶ月後には会社を設立していた。
会社を興す為の、定款の作成から、会社の登記関係は全て自分で行った
通常なら行政書士又は司法書士事務所に依頼をして、30万位の費用を取られる所だが
全て自分で行った為、印紙代の54800円で済ませたそうだ。
事務所は阪急ガード下の保証金30万、家賃45000円の物件を探し
そこからスタートした・・つづく
社名の由来
2005年5月12日
今回は、社名の由来について書き込みます。
特に深い意味はないんですが、看板であり、チラシ広告であり
名刺交換の時でもそうですが、一目見て不動産屋さんと判るように
考えました。
それと、インターネットよりお客様がアクセスするときに
殆どの人が不動産というキーワード検索から入ってくると思われるので
不動産から始まる会社名を考えました。
その他の理由としては、企業なり、一個人であっても、初めて電話連絡をしたときに
大きな会社と勘違いされたり、官の団体に勘違いされるケースもあるだろうと
思いこう名付けました。
実際にそのように勘違いされて、先方方も丁寧に電話応対して頂いた事が
よくあります。
法人の社宅用地等の売却で総額2億円くらいの取引が成立したこともありました。
今から思えば、最初の電話の取っ掛かりが横文字の社名であった場合
恐らく、その企業の財務課までに繋いでもらえなかったであろう。
日頃、「時間が無い」と言っている方へのメッセージ
2005年11月17日
時間はたっぷりあるのです
忙しい人の口からよく、こんな言葉を耳にします。
”時間がない”、”体が二つ欲しい”、”時間を売って貰える物なら買いたい”
バカな事を言ってはいけません。
昼も夜も、普通の時間に食事をして、休日はゴルフや家族サービスをきっちりしてる人が
そんな台詞を吐いてはいけない。
1日の仕事の中でも、仕事内容の時間配分さえきっちり、段取りを組んでやれば
もっと巧く時間を、活用できる筈である。
昼間は、昼間しか出来ない仕事をし、対外的に時間を拘束されない仕事は夜に廻す
(ここで言う、夜というのは深夜12時以降の事である)
食事一つににしても、わざわざ外食したり会社で食べる必要は無い
食事なんかは車の移動中にパンかおにぎりを囓っていれば済むことだ
ここまでやって、初めて時間が無いと言って欲しい。
1日24時間あるのだから。
先日、我が社の社員Aにもこんな事があった
仕事の進み具合を、社員Aに問うた時、「今週時間が無かったから出来なかった」と
言い訳をしていた。
「何をして、そんなに忙しいの?」と問い掛けると
「社長に頼まれた、雑用や調査関係で忙しかった」と言っていたが
その1週間、彼はPM7時から7時半位には退社して水曜日もきっちり休みを取っていた筈である。
世間の不動産屋さんは、大体、水曜日が定休日であるが、我が社では水曜日は
”休んでもいい日”であって、休みではない。
よって、彼もまた時間が無いという、発言はあり得ないのである。
後悔と反省の大きな違い
2006年3月24日
先ず後悔とは、みすみすチャンスを逃したり
やろうと思えばやれていたはずのモノを
あえて何もやらなかった。 これは後々、後悔をしてしまう
前に戻りようがない
反省とは
何か行動を起こした結果、それが失敗に終わった時に
人は反省をする。
この違いは後者の方は反省する事によって
自分をまた一歩前進させる(自分の人間力に磨きがかかる)。
が、前者の方は元々何もしなっかたのだから
何も残らない
しかし、その人は その事を一生、後悔し続ける
判りやすい例をあげれば
少年時代、好きな娘が現れたとする
その娘にアタックをして、フられた男はアタックの仕方について
反省をし、更なる口説き方を研究し、次回は
以前のその娘以上の女性をモノに出来る可能性がある。
しかし、好きな娘がいても
フられた時の事が先走り何も出来ない奴がいる
奴はその事を一生後悔し続けるだろう
私自身も、そんな少年時代の事で未だに後悔している事がある
「なんで、あんとき○○ちゃんに告白せえへんかったんやろなー。」
「もう一回、あの時に戻れたらなぁー。」
って、この事は私も死ぬまで後悔し続けているだろう
この様に説明すれば、理解してもらえるでしょうか
"後悔と反省の大きな違い"
これは、男女関係だけでなく仕事・人生・全てに於いても同じ事が言える
一生懸命やった結果、何かにチャレンジした結果、失敗したとしても
反省する事によって、その体験は肥やしとなり、踏み台となり自分の将来の糧となる。
しかし、何もしなかった人は
痛手を負わない代わりに、得る物も何もない
自分の収入に満足してない人はその辺が足りないのであろう
だって、何もしないんだからしょうがないじゃない
今の貴方の年収が、貴方の人間力そのものである
沢山、失敗をし 沢山、恥をかいた人程
自分の理想の人間像に着実に近づいて行っているのではないでしょうか
--- これを読んでくれた方へ ---
偉そうなことを言って申し訳ございません。
みなさんにも、幸せになって欲しいから・・・
[機会の平等、結果の公平]
2006年9月17日
最近は、格差社会と言われ、あらゆる分野で
二極化が進んでいます。
世間では、これを中傷する人達もいるが
私は、こんなに素晴らしい世の中は無いと思います。
なぜなら、表題の通り[機会の平等、結果の公平]だからです。
チャンス(機会)・時間は、全ての人に平等に与えられている。
「俺の前にはチャンスが来ない」と言うバカなやつもいるが、それは真剣に
取り組んでいないから、チャンスが目の前に来ても、気付かないだけである。
同じ職種、業界の中でも、グングンと売上が延びていく会社とそうでない会社。
また、その延びてる会社の中でも成績の上がる営業と、だめ営業マン。
完全に、二極化の時代になっている。
* 努力をした人と、しない人の違い
* 動いた人と、動かない人の違い
* チャレンジした人と、防御に回る人の違い
これらの結果が、はっきりと出ている。
これが、結果の公平である。
はっきり言って、私の会社は儲かっています。
よく同業社の人から「儲かってるなぁ、運がいいなあ」と言われるが
別に運がいいとは思っていないし、儲かってるのは
当然だと思っている
人より、沢山努力して
人より、沢山動いて
人より、沢山チャレンジしているのだから
これで儲かっていなければ
[機会の平等・結果の不公平]になってしまう。
こんな人もいるでしょう。
「でも機会が平等でも、能力が違う人もいるしね・・・」
今の自分の能力は、生まれてから今日まで
の自分の人生の行いの結果がそれなんです。
今まで努力していないから、
動いていないから、
チャレンジしていないから、
能力が人より劣っているのです。
これもまた、結果の公平である
これを読んで、いじけてるあなた!
今からでも、遅くはないですよ。
他人事の様に笑っているあなた!
一生、笑っておけばいい。
プラス@(アルファ)の心持ち
2007年2月11日
みなさん、プラス@(アルファ)してますか?
この一行で、何の事か、解る人は解る。
解らない人は解らない。
世の中、大概、プラス@を付けるか、付けないかで、その結果が
大きく変わるものである。
例えばその1
営業の場合、成約に結びつくまでにいくつかの条件を、相手方と
交渉して、それが成立した時にようやく契約出来る
お客様からは“ありがとう”と言われるが、それだけでは愛想がない
その時に、プラス@の心持ちが、ものを言うのである。
当初のお客様から、出された条件を100%応えられたか
どうかは別にして、その出された条件以外の、
お客様が得をする事、嬉しい事をプラス@として
付け足してあげる。 そうする事によって、お客様の要望に対して
80%であっても、そのプラス@一つで、100%になることも
120%になる事もありうる。
お客様は予想していない、おまけが
付いてくると、意表を突かれて、それがほんの小さな事でも
結構、喜んでもらえるものである。
プラス@は、何も物やお金にこだわらなくてもいい。
真剣に、お客様の立場に立って、自分がこのお客様なら
何をしてもらったら嬉しいかを考えれば、安易とそれは
思いつくでしょう。
また、プラス@の効力は、営業だけではない。
どの様な仕事でも、人生においても言える。
例えばその2
不動産の仕事をしている人でしたら、
「売り物件求む!」のチラシを、集合ポストに投函するが
この作業を、一日の自分の時間の中で、どの時間帯に
配分しているか?で、その結果も大きく違って来る。
仮に、上司から「今月は、売り物件の強化月間やから、おまえら、マンションの投函をせえ!」
と言われた場合、(※本来は、自らすればいいのだが、最近はそうゆう奴が少ない)
大概のボンクラ営業マンは、その会社の定時内
会社の定時がPM8時だとすると、6時から7時位に
投函に出かけて、8時に仕事を終えようとする。
仮に、定時が8時なら、それまでは通常の仕事をし、
それ以降、または、朝の定時始まり前、要するに
通常の仕事の時間外に、プラス@として、行えば
他の営業マン(同じ会社の同僚、他業社問わず)と比べ
おのずと結果も出る筈である。
普段の私生活の中でも、このプラス@は
非常に、好印象を与える事が出来る。
例えばその3
自宅の玄関前を、掃き掃除する時、隣の家の
前も、一緒に掃いてあげる。
それをたまたま、見かけた隣の人は、感謝して
後日、逆に、こちらの玄関先を掃除してくれる。
決して、見返りを、望んでいるわけではないが
そんな、ちょっとした行為で、近隣とのお付き合いも
うまくやれる。
要するに、マンネリ化した自分の中の常識の
領域に、ほんの少し、何かを付け加えるだけでいい。
それだけで、今までとは違う、何かが生まれる
そんな気がします!
決断とは
2007年11月2日
昨日の日本シリーズは、すごかったですね〜
プロ野球日本シリーズで、53年ぶりの日本一に
輝いた中日の落合監督が、八回まで一人の走者も
出していなかった山井投手を、シリーズ史上
初の完全試合まであと1イニングとした最終回に
交代させる前代未聞の継投策をとった。
九回はリリーフの岩瀬投手が三者凡退で退け
采配は成功したが、山井投手の大舞台での
偉業を見逃す結果となった。
落合監督の、この決断について
ある評論家によると「百年に一度あるかないかの
すごい興奮の瞬間よりも、53年ぶりの優勝
を確実にしたかったという何と小心な夢のない
野球か」と中傷していたが、はたして
そうだろうか?
確かに、山井投手を最後まで続投させて
完全勝利を収めれば、山井投手も、もの凄い
栄冠を手に入れる事ができ、中日も
優勝をし、何も言う事は無い。
しかし、もしあの時、落合監督が山井投手に
華を持たせてあげたいという、私的な気持ちで
続投をさせ、山井投手が打たれ、試合に負け
その挙げ句、その後の試合も、日ハムに負け越し
優勝出来なかったら、どうだったか。
この評論家は落合監督を甘ちゃん監督と
ののしるであろう。
落合監督の取った選択が、名采配か非情な采配
であったか?と、世間では騒がれているが
私は名采配であり、見事な決断であったと思う。
これは、どちらが正しいのかではなく人それぞれの
物の見解により、賛否両論である。
スポーツであれ、ビジネスであれ、指導者の
立場である者は、この様な究極の選択を
問われる場面に出くわす事が
幾度とある。
自分の選択によって、目の前の個人は元より
その組織全体又は、その家族、その周囲
の人達に影響を与えてしまう。
実に重要な決断である。
目の前にいる、一個人に対して、人としての情を与える
事が、結果、その人の人生をも狂わす事もある。
指導者は相手に嫌われる事や周囲の批判
を恐れてはいけない。
目的は何か?という、しっかりとした信念を
持つべきである
落合監督は、100年に一度あるかないかの偉業か
53年ぶりの優勝かの選択ではなく
今、勝つ為にはどうする事が一番最良か
だけを考えたのだと思う。